Down World

ミンナ大好き○○の末路 2020年からアーリーリタイアはじめました

子供を殺したから会社を辞めます。

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 ボクの今までの人生で一つだけこのこの先もままならないだろう事。

 ボクはボクらの子供と一緒に暮らしたかった。

 結婚して数年、さすがにおかしいと二人で病院に出かけた。

 無精子症だった。

 告げられたボクはいつの間にかベッドに横たわっていた。あまりのショックに生まれて初めて失神していた。意識は戻っていたが、脈拍は酷く弱まり、瞳は開いているのに真っ暗で何も見えなかった。失明したと思いさらにパニックになる。不妊治療専門のその場では対処できない為、救急車で大学病院に運ばれた。

 後日、再度医者から説明を受けた。長ったらしい専門用語まじりの話を一言でまとめれば「諦めろ」だった。

 まあ、中学卒業ぐらいまでしょっちゅう高熱を出してぶっ倒れていたので予感はあった。治療のしようもないなら諦めるしかないと頭ではわかっていても心がついてこなかったようだ。既に不安障害を発症していたが、これ以降病状は重くなっていった。

 そんな頃、転勤辞令が来た。体調は最悪だったが環境が変わればとも思い、新天地にそれなりに希望をもって赴いた。

 転勤先の上司にボクは迷惑をかける事もあるからと正直に病気の事を話した。ところが、なぜだか自分には精神を病んで自殺した身内がいるがオマエのは違うだの、甘えだのとひたすら責められた。

 些細なミスに対して、それまで勤務していて一度も言われた事のない改善書をイチイチ書けと指示し、提出しても今後二度とミスを防ぐ改善案ではないと何度も突き返された。毎日のように改善案を書いて一日が終わり、それによって止まり溜まった仕事を深夜にこなした。休みも平日も関係なくなった。休んでいてもその間に他の社員が勝手におこした問題に対してオマエが把握してないからだなんだとイチイチ携帯が鳴った。

 症状は重くなる一方だった。朝、ベッドから起き上がれなくなった。それでも携帯は鳴る。携帯を切れば出勤をした時に切った理由を聞かれる。病気だからといってもそんなのは理由にならないという。夜遅くまで納得のいく改善を要求される……。自分の気にいる答えを引き出すまで続く、糞みたいな禅問答だ。

 会社でどうにも具合が悪くなり早退して病院に駆け込んだ時ですら、待合室で携帯電話が鳴る。電話の要件は、病院に行ったことでスケジュールがどう変わるのかだそうだ。締め切り通りに成果物を渡し、致命的なミスがあるわけでもなく、感謝はされても誰にも迷惑をかけていないのにだ。ボクの仕事をこなした上で他の人間の仕事は手伝ってるのに、ボクが辛くても手伝われた事がない。

 毎日、毎日、辛くて、悲しくて、悔しくて、死にたくて、殺したくて……。

 こんな情けない人間では父親にはなれなかったな。むしろ子供がいなくて良かった等とふと自嘲する事もあった。それは、まだ諦めきれていなかったからだろう。そんなある日、清算書を提出したら冗談のつもりなのかニヤケながら言われた……。

 「オマエは奥さんも働いていて子供もいないんだから金持ってんだろ」

 ボクの中の決定的な何かがキレた。

 それから上司も変わり、今では居心地も悪いわけではないが、あの時尽きた愛想は戻る事も無く、俺んち食べてくだけのお金はあるのよぉ、と言える段階になったので会社を辞めることにした。

 ここに至るのに、手を付けてしまったお金は元々は子供の為に貯めていたお金だ。医者に死刑宣告を受けてからも、もし来てくれるなら養子縁組ででもと子供の為にお金を貯めていた。ボク自身が心の病でまともな状態でなかったので、いつか病状が良くなったらと……。だが、諦めてしまった。自分の為に使ってしまった。歳もとりすぎた。自立するまで見守れる自信が持てなかった。結局、ボクはボクの子供を殺したのだ。その子の命と引き換えにボクは生きていく。

 

 子供を殺したから会社を辞めます。